不本意ながら、今年の11月11日は自分にとって大きな意味を持つ、特別なものになった。
その日が来るのが待ち遠しいような…いや、まったく待ち遠しくはないのだが、自分でも避けては
通れないだろうと喝を入れる程度のきっかけになることは間違いない。
や、ほんとのところは避けて逃げて誤魔化し通すこともできないではないのだろうけど、それを
あいつが見逃すとは思えないし、それであっさり諦められたらそれはそれではっきり言ってすごくショックだ。
や、ショックって何言ってんだよ俺。

そんな感じで、益体もないことを考えては一人ぐるぐるする月初め。



後一週間程で島に着くだろうから、ゾロの誕生日を陸でお祝いしましょうなんて、ナミから提案が
あったのは先月末。
ところがその後海軍に追いかけられて航路を外れ、突然の嵐に巻き込まれてさらに迂回し、
出くわした海賊を返り討ちにしてようやく予定の島影を見つけられたのは誕生日前日だった。
大きな街だったから久しぶりに骨休めができると喜んだのも束の間、島に駐在している海軍に
見つかって上陸する前に港を追われる羽目になって…

今は、断崖絶壁の岩肌に寄り添うように船を係留させている。




「あ〜あ、とんだ誕生日になっちゃったわね」
ナミは両肘をテーブルに着いて、深くため息をついた。
クルーの誕生日はいついかなる場合でも、仲間総出で楽しくお祝いしようがモットー(?)なので、
皆その日が来るのを楽しみにしている。
特に今回は日程が上陸と重なったから、それなりに費用も貯めてどんちゃん騒ぎを狙っていたのに…
「こ〜んな岸壁に身を潜めて、こそこそ乾杯なんてねえ」
はあ〜と辛気臭い面持ちの面々に、サンジは手際よく料理をこなしながら笑顔で振り返った。
「ログが貯まるのにあと3日は掛かるんだし、そのうちほとぼりが冷めたら街にも出られるさ」
幸い田舎の村でも流通がいいみたいで、品数が揃っていたしね」面が割れていないウソップと二人で、
近くの村に下見は済ませて来た。
観光客用のプチホテルがあるのも確認済みだ。

「そうね、ともかく今日はゾロの誕生日だけでも盛大に祝いましょう」
「肉だ肉ーっ!」
「おおい、甲板の飾り付け終わったぞう」
「みんな順番に運んで…あ!誰かルフィを取り押さえて!!」
大騒ぎでパーティーの準備が執り行われる。

すべての用意ができて、サンジはようやくゆっくりとタバコを吹かした。
―――ったく、ため息つきたいのはこっちだっての
あんまりアクシデントが続くと、せっかくの決心が鈍ってしまうじゃないか。






ゾロと、どういう成り行きかは忘れたが、どうやら相思相愛っぽいと気付いたのは6月頃だったか。
あれからぼちぼちと接近を重ね、今ではなんとなく付き合ってますと言ってもおかしくない関係を
築いてしまっている。
キスもたくさんした。
最初はふざけ半分で、からかうような試すような軽いものだったのに、がっちりホールドされて舌まで
絡められちゃったのが先々月。
悪戯と称してあちこち触られちゃったのが先月。
そして今日はゾロの誕生日。
順当に行けば、一番嬉しいプレゼント的な展開が待っていると想像したって無理はないだろう。

…や、勿論俺なんかにそんな大層な値打ちがあるなんて思ってる訳じゃないけど、時々ゾロの目が
ギラついてるし、ハロウィンの時も鼻息が荒かったしちょっと辛そうだったから、うぬぼれじゃなく
求められてんだろうなってわかる。
自分自身もちとヤバかった。
そこをお互い理性で押し止めたのは、場所が船の中だったからだ。
広いようで仲間との遭遇率が異常に高い船内。
おちおちしてられないし…や、するってなんだよ。
まあゆっくり…なんだな。
や、ゆっくりってなんだよ。

ともかく、自分にとっては初めての事柄な訳だから慎重に事を進めたい訳で…
初めては海の見えるホテルで―――なんて贅沢は言わないけど、まあそれなりに落ち着いた場所を
希望したいなあとか。
せっかくそこまで考えて、それなりに覚悟を決めたのに、まるでその決意を挫くみたいに次々と
トラブルが発生して参ってしまった。

今日のこの日も、これから甲板でパーティーを開いて終わる。
自分たちだけ陸に上がるなんておかしいし、船の中じゃ無理だし、ゾロの誕生日という大義名分が
なけりゃ、到底思い切れない。
今日を逃すとまた来年か。
一年も、お互いに待てるだろうか。
3月の自分の誕生日にってえチャンスもあるが、プレゼントにお前が欲しいなんて口が裂けたって
言えないし、プレゼントは俺だなんて言われたら反射的に蹴り飛ばす。
絶対絶対、うまく行きっこないんだ。

考えれば考えるほど絶望的な気持ちになって、サンジはどんよりとした空気を纏って最後に甲板に出た。





西の空を輝く金色に染めながら、大きな太陽がゆっくりと沈もうとしている。
雲が朱色を帯びてきて、鮮やかな夕陽に変わるのはもう間もなくだ。
「ハッピーバースデーゾロ!」
「おめでとう〜!」
派手にグラスをかち合わせて、宴会が始まった。
食料の補給の目処もついているから、心配なくたらふく飲み食いできる。
ルフィの望むままに追加料理を作り続け、サンジは宴会にゆっくり腰を下ろせないほど忙しかった。

「ゾロ、あんたあんまり飲んでないわね」
宴たけなわとなった頃、ナミが酒を注ぎながらゾロに話し掛けた。
「まあな」
ゾロはナミに酒を注ぎ返し、更にロビンにも薦める。
ブルックの演奏とフランキー達の踊りが賑やかで、会話をするにも自然と声が大きくなった。
「実は、飲みてえ酒があるんだ」
「まあ」
ロビンは柳眉を上げ口元に手を当てた。
「ゾロったら、柄にもなく遠慮してるの?」
何が受けたか、ナミがケラケラと笑っている。
サンジは最後のデザートを出し終えると、水樽の上に腰掛けて耳を澄ませた。
「秋島海域で10日辺りから解禁になる、ボジョーレ・ヌードってえワインだ。それが飲みてえ」
「あ?」
つい声を出してしまったので、ナミとロビンが同時に振り返る。
「や、あの…確かに昨日買い出しに行った店にも山のように積まれてたけどな。あんな、新鮮味だけが
 取り柄で青臭えワインはお前の好みじゃねえだろうって思って、買って来なかった」
まさかゾロがあれを欲しがるなんて、思いもよらずなんともバツが悪い。
「んじゃ買って来る?って言ってももう遅いし、店は開いてないわね」
「島の宿なら飲ませてくれるんじゃないかしら」
ゾロへのプレゼント代わりにと、ナミとロビンは考え出した。
「とはいえ、ゾロの一人歩きは危険過ぎるし…買い出しにはウソップも一緒だったから、ウソップは
 その店も知ってるのよね。ね、ウソップ?」
ナミが傍らのウソップに振り向くと、すでに酔い潰れて甲板伸びていた。
そういえば、ゾロはガンガンウソップに酒を薦めていたっけか。

「しょうがないなあ、サンジ君!」
「は、はいはい?」
慌て返事するサンジの動転振りを拒否と取ったか、ナミは胸の前で両手を合わせて腰を軽く捻った。
「サンジ君なら下見にも行ってるし、お店の場所もわかるのよね。ゾロを連れてってあげて」
「えっ、えっ?」
バクバクと心拍数を上げながら、サンジは酔ってもいないのに頬を赤らめた。
「せっかくの誕生日なのんだから、陸でゆっくりしてらっしゃいよ。ついでに偵察して来て頂戴。大丈夫そう
 なら私たちも明日降りるわ」
「え、あ、でも…」
サンジは大騒動な甲板を指差した。
料理を出す度に空いた皿は回収して片付けて行ったから食器類はそれほどなくとも、あちこちに酒瓶は
転がり飾り付けた紙テープが散らばっている。
「これくらい、明日みんなで片付けるわよ。どうせ急いで出港する訳じゃないし。それよりゾロのお守り、
 お・ね・が・いv」
パンと手を当てて片目を瞑るナミの可愛らしさに条件反射でメロリンした。
「わかったよう、ナミさんの頼みなら断れないって。迷子のお守りは任せといてーっ」
「誰が迷子だ」
不機嫌な表情で腕を組むゾロに、いーっと歯を剥いて見せる。
表面上はお互い渋々といった感じだが、胸中はどぎまぎだ。
―――今のはゾロが、仕掛けたよな
諦めかけた所で俄かに状況が変わって、サンジは内心の動揺を抑えるのに必死だった。








「それじゃ、ごゆっくり」
「喧嘩してモノ壊したり、目立った行動しないでよ」
ナミとロビンに見送られて船を降り、二人は適度な距離を保ちつつ村へと向かった。
宴会開始時間が早かったため、時刻はまだ宵の口。
通りに村人の姿は結構あって、店も開いている。
道も知らないのに前に立ってサクサク歩くゾロを追い掛けながら、サンジは看板を確認した。
このプチホテルは「空き部屋有」
そこの角を曲がれば酒屋。

ゾロはサンジの考えを見透かしたようにその場でピタリと足を止め、看板を振り仰いだ。
「ここ、空いてんじゃねえか?」
途端、体温が2度ほど上昇する。

「うん…でも、あのな。そこの角を曲がればお前が飲みたがってたワインを置いてる酒屋があるぞ」
まだ開いてるかも…と続けようとして、ゾロに遮られた。
「新鮮で青臭いもんなら、俺はてめえのが欲しい」
「あ、あああああ青臭くて悪かったな!」
なんとか言い返しはしたが、声が震えて裏返ってしまった。

言った。
こいつ言いやがった。
しかも公衆の面前で。

誰も二人に注目などしていないが、ホテルの「空き部屋有」の看板の下で赤くなって立ち尽くす男二人は
目立たないでもない。

しかし言った。
確かに言った。
誕生日に欲しいと言われりゃ、もうしょうがねえよな。
つか、ビバ大義名分!


「…しょうがねえなぁ」
顔を背け、真っ赤に染まった耳たぶを無防備に晒しながらサンジは踵をを返した。
ゾロが若干口元を緩めながらその後に続く。



落ち着け。
焦るな。
慌てるな。
緊張するのは仕方ないが、これもいつかは昇る大人への階段だ。
別に、男相手に階段昇らなくてもよかったんだろうけど。

なんかゴメン。
じじいゴメン。
ナミさんとロビンちゃん、ほんとにゴメン。
それから、全世界の麗しいレディ達!俺の愛を届けられなくて本当にごめんなさい。
俺は、がさつで野蛮で長生きしそうにない、傲慢な自己中男に惚れちまったのだから。


鬱々と考え込んで歩みが遅れたサンジの背を押して、ゾロは部屋の扉を開けた。
シンプルな内装で正面に大きな出窓がある。
今は暗く黒く、波の音しか聞こえないそこには確かに海があった。

「あ…」
サンジは窓辺に近寄ると、外を眺めた。
それからくっきりと鏡のように映し出すガラスの向こう、背後からやや緊張の面持ちで近付いて来るゾロを見た。

明日に見る海の色は、今日とは違って見えるだろうか。
きっと何も変わらない。
けれど確かに何かが変わる。
悦びと不安に震えそうになりながら、サンジはゆっくりとゾロを振り返った。


「HAPPY Birthday ゾロ」
ちゃんと言い終わるのを待ってから、ゾロは唇を重ねてきた。






END


〜Dear Zoro〜